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幸せ案内人はこんな人


1961。東京に生まれ

 

今時の言い方なら Spiritualist 以前なら霊能者 望んで成ったわけではなく 私の五体不満足の体の代わりに授けられたのか!?

こんな 私でもSpiritualな世界に通じることが 生きることに、どんな意味があるのか?

随分と納得のいかない月日を過ごしていました ある意味では ごく最近まで

 

こんな私でも 恵まれて みなさんと同様に  人並みの経験をしてこれました

 

ここでは、私のSpiritualistとしての経験に 触れておきます

私が 人と違うことを感じているらしいと 自覚したのは多分 六歳位の時です

当時 私は 歩行できるようにするため 長期の入院をしていました

 

そこは、私のように ハンディある子供専門の 病院で 教育施設も併設されていていたのです

 

そこで、就学前の子供たちの集まりのとき 私には 自然の情景を何気なく 私たちの世話をしてくれている 保母さんに言葉にしたときに 自覚しました

 私の入院していた病院は 面会日が週末と祝日になって いました ですから、平日は子供たちと職員だけです

 

もちろん病院なので手術など 例外はありましたが  

そんな状況にも拘らず 私には 他の子のところには 毎日 誰かが面会に来ていて 羨ましいと 思っていました

   

そして、つい その羨ましい思いから 保母さんに 「どうして、○○チャン達は、おじいちゃんやおばあちゃんが、来ているの?」 と聞いていました

 

私の問いかけに 応えてくれた時の  一瞬の困惑した表情 は  四十年たった今も 鮮明に覚えています

その表情から 私は子供ながらに 言ってはいけないことを  口にしたんだと感じました

 

確かに よく見ると 子供たちに周囲に大人たちが いるのですが 等の子供たちは  その存在をまったく相手にしていないことに 後から気づきました

 

その出来事から 私は話す際に  言葉にしても大丈夫かどうか 気にするようになったのです

 

私とっての在りふれた世界は 私だけの世界なのです

そのうえ 私にみえる人たちは 私に話しかけてきます

それに 私が応えていると周囲が奇異の目をすることを 怖れ 言葉にするの避けるようになりました

 しかし、言葉にしない日常を過ごしていても 私の世界は 広がることはあっても 消えてはいかなかったのです

 

或る時は 真剣に医者に診断してもらおうとも 考えたこともあります

 

それでも 大人になり 社会人となり 私なりに気持ちが成長すると 興味ある話題の 1つとして 言葉にできるよになり そんな中で 私同様の感覚を多少なりとも持つ人は 案外いることも知り

 

さらに 上手な話し方をしていれば

 闇雲に、奇異の目に曝されないこともできるようになり 徐々に 私の周囲には 私の感性を活用したと言う人も 珍しくなくなりました

 

そんな私が 結局 この感性を使って 生きるように なっています。

スピリチュアルとか 霊能者とか こんなことを生業に していると 時々 先生と呼んでもらうことが あります

私は そう呼んでいただくことを その都度 お断りしています

その理由は

# 私が 話すことを 闇雲に 受入れるのではなく   あくまで参考とし 自身の判断と決断をしてもらう意識を   持ち行動してもらうため 先生という依存する意識を弱めて   話を聞いてもらいたいという想い

# スピリチュアルな感性は 確かに少数の人が 使いこなせていることかもしれません かと言って 生活し 生きていくと 云う点で   特別 優位性をもっている訳でなく 生活するために 皆さんと   なんら変わりなく お金や 人間関係など 人として 誠実に直向きに生きるというところでは 相違がなく特別ではないという点

# そして、私自身 先生と呼ばれる程の生きざまを経てきて   今に 至っていないといこと

以上のことから クライアントの方に 先生と呼んでもらうことを お断りしています

さらに説明をするなら 恥ずかしいことに 言い訳にしかならないのですが 私自身 ハンデのある自身を受けとめきれず 歪んだ捉え方と 願望に 因われていた

ある時期まで 私は 周囲の関わりをもった人達に 甘え 沢山の迷惑をかけていました 物質的にも 精神的にも です

このことに気づき 感謝と償いをと 想った時には お詫びをすることも 償うこともできないようになっていて 今に 至っていることあり 今も申し訳なさ居た堪れなくなることもあります

そんな 自身の弱さと身勝手さ 愚かさを 私自身が認められ 気づけて 私自身にできることを考え抜いたときに やっと 私自身の愚かな経験を活かし 以前の私のように 何か 理由があるからと 人生に 正面から向かいあえなくなっている人や  現実の過酷さに怯え 進めないと 竦んでしまいそうな人の 歩み続ける 手伝いをしようという想いが  今の私の生きざまの 原点なのです

私自身 かつて 自分の存在を 容認できずに いた頃 お決まりのように 死ぬことで 逃げ出そうともしましたし それすら 私の意の真間にならないことに気づかされたとき

自暴自棄になっていて 世の中の人を 身近な親兄弟を 友達や恋人ですら 裏切ったり 打ちのめしてでも 自分の想う歪んだ優位性を作ろうと えげつなく生きていました

さらに その当時の私には きっと そうしていることの それなりの 屁理屈もあって 自分の考え方や 判断に 何一つ 疑わずにいた かなり手に負えない奴だったでしょう

そんな 今の私の 想いとは 対極の心のありよう 生きる意味 歓びとか 人に気にかけてもらえることの有難みや感謝など  気づこうともせず 生きていたことがあるからこそ 一人でも多くの人に 生きる 歓びとを 人との絆 繋がりを 大切さを 語り続ける意欲を 創っているのでしょう

本当に たまに こんな私の 愚かな頃を材料に クライアントさんへ 語ることもあります

そんな時 私は 愚かな経験の詰った 私自身の生きざまを ほんの少し 自分の経験をしてきてよかった そう感じるときがあります

なぜなら 今 私が気づき 語り伝えていることの素晴らしさは そのことが 私には 手に届くはずがないと 思えていた あの頃が あったから 実感でき 感じられていると判るからです

また これとは逆に 私からは そんなにたいしたことじゃないよ 失礼ながら そう想えるようなことに たぢろぐ人に 道は まだあるよと 語れる経験があるからでしょう

そしてなにより、スピリチュアルなメッセージを どうやら 深く 広く 感じ取るための 沢山の引き出しを持てていると 実感できていることに 感謝できる私が いるのです

spiritual counselor Suzuki

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